大判例

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最高裁判所大法廷 昭和41年(あ)1590号 判決 1970年7月01日

主文

原判決および第一審判決中被告人金庭春に関する部分を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人別城遺一の上告趣意について。

所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決が是認した第一審判決は、「第一審相被告人玄乙福は、ビニール靴材料の製造販売を業とするみやま化工株式会社の代表取締役であり、被告人金庭春は、貸金業者で、昭和三八年二月五日までに約四、五八〇万円の金員(元本)を右会社に貸し付けていたところ、右会社は、同月五日一般支払を停止し、同年五月二七日破産宣告を受け、この決定は同年六月二二日確定した。右玄乙福、被告人の両名は、これにさきだち、昭和三八年二月四日頃、右会社が債務超過となり、徳山泓志ほか約五〇名の一般債権者に対して支払不能となることを認識しながら、共謀のうえ、被告人の利益を図る目的をもつて、大阪市西成区橘通三丁目一一番地の被告人方において、被告人に対し、右会社の破産財団に属する現金五〇〇万円を支払つたほか、同じく破産財団に属する受取手形金額合計七四一万六、九一五円、受取小切手金額合計二五二万三、六九〇円、ビニールスポンヂ、コール天その他商品(価格約二〇〇万円)ならびに信用組合大阪商銀に対する出資金返還請求権、預金債権等五四二万九、四三四円、株式会社三和銀行(萩之茶屋支店)に対する預金債権一二九万二、五六五円、株式会社福徳相互銀行(萩之茶屋支店)に対する預金債権一四三万七、〇九六円を弁済のため譲渡した」旨の事実を認定したうえ、玄乙福と被告人との共謀による右行為が、破産法三七四条一号の破産財団に属する財産を「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」にあたるものとして、同号の罪の成立を認めているのである。

しかしながら、破産法三七四条一号にいう、債務者が破産財団に属する財産を「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」とは、同号の列挙する「隠匿」、「毀棄」との権衡上からも、たとえば法外の廉売、贈与等のように、「隠匿」、「毀棄」にも比すべき債権者全体に絶対的な不利益を及ぼす行為をいうのであつて、単に債権者間の公平を破るにすぎない行為は、これにあたらないものと解するのを相当とする。したがつて、特定の債権者に対する弁済は、他の債権者に不利益な結果をもたらすとしても、右の「債権者ノ不利益ニ処分スル」行為にあたらないというべきである(とくに、債務の本旨に従つた弁済は、元来、債務者にとつては義務であり、債権者にとつては権利であるから、債務者の義務に属しない弁済等の行為を処罰する同法三七五条三号にも該当しないことは明らかである。)。特定の債権者に対する代物弁済または弁済のためにする譲渡もまた、これと同様の理由により、債務者が提供した給付がこれに対応する債務と著しく権衡を失する高価なものであると認められるような特段の事由がある場合を除き、同法三七四条一号の債務者が破産財団に属する財産を「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」にはあたらないものと解すべきである。この見解に反し、支払を停止した債務者が、たとい弁済期の到来した債務であつても、破産財団に属する財産をもつて特定の債権者に弁済するにおいては、右弁済は一般債権者の不利益を招来するものであり、代物弁済においてもまた同様であつて、特定の債権者に代物弁済をしたときは、同法三七四条一号の罪を構成するとした昭和一〇年三月一三日大審院判決(刑集一四巻四号二二三頁)の見解は、これをとらない。

そうだとすれば、前示認定事実の下においては、被告人に対する本件現金五〇〇万円の支払は、特定の債権者に対する弁済として、同法三七四条一号の罪を構成しないものである。また、被告人に対し弁済のためになされた本件手形、小切手、商品、出資金返還請求権、預金債権等の譲渡については、弁済の充当に関する当事者の意思表示の有無、もし、右意思表示があつたとすれば、債務者である玄乙福の提供したこれらの各給付が弁済に充当されるべき各債務の額と著しく権衡を失する高価なものであるなどの特段の事由の存否について審理判断をとげなければ、これらの給付が同号の、債務者が破産財団に属する財産を「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」に該当するか否かを決することはできないものであるところ、記録に徴しても、第一審および原審において、この点につき必要な審理が尽くされた形跡はなく、そのいずれかを判断するに足りる証拠もない。したがつて、前示大審院判決と同一の見解に基づき、漫然被告人に対する本件弁済および弁済のためになされた譲渡の行為がただちに同号の罪を構成するものとした第一審判決およびこれを是認した原判決は、法令の解釈を誤り、ひいては審理不尽による理由不備の違法を犯したものであつて、右の違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、論旨につき判断を加えるまでもなく、刑訴法四一一条一号により、原判決および第一審判決中被告人金庭春に関する部分を破棄し、当裁判所の前示見解に即して、前示の点につきさらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を第一審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(石田和外 入江俊郎 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

弁護人別城遺一の上告趣意

第一点 原判決は憲法第二九条財産権はこれを侵してはならないとの規定に反する憲法違反ありとして破棄を免れざるものと信ずる。

刑法三五条は正当ノ業務ニ因リ為シタル行為ハ之ヲ罰セスと規定する而して被告人が金貸業者であること及び相被告人玄乙福が其の代表取締役であるみやま化工株式会社に対し被告人が元金のみで約四千五百八十万円(外に滞納金利約壱千万円也は除外しても)貸金債権を有する事は原判決が亦第一審判決が事実認定に於て是認する所であり且つ其の総債権に付相被告人玄乙福は手形裏書に依る個人保証の債務を負担して居り亦玄乙福の実父は自己個人所有の不動産現下の価格約弐千万の物件を抵当権設定以つて被告人の前記債権に対する債務履行を担保し居るのが真実であり随つて玄乙福は自身と実父の債務負担を軽からしむる目的にて自ら進んで被告人の加工を用いずして突如みやま化工株式会社支払停止日の直前日たる昭和三八年二月四日相被告人玄乙福の提言を入れて本件被告人は原判決摘示の種別に於て総額弐千五百九万九千七百円也相当の債権回収支弁を受けたのであるがこれは税金を負担する貸金業者被告人が債務者玄乙福の個人保証債務並に其の実父の抵当債務額軽減の意途に答へて受納し債権の一部弁済を受けたからとて何等被告人は其の取立に関し加工を加へ居らないのであるから金貸業者として当然正当なる業務行為刑法三五条の規定に基き犯罪は阻却さるべきを信じて疑いませぬ其の正当行為を犯罪なりと認定して詐害行為として破産財団に取戻される根拠原因を与える重大なる事実誤認の原判決は被告人の財産を犯す行為として裁判所の判決と雖も強く憲法二九条違反なりと指摘して憚りませぬ。

第二点 原判決には刑事訴訟法四一一条に規定する之を破棄しなければ著しく正義に反し判決に影響を及ぼすべき重大なる事実誤認ありとして破棄を免れざるものと信ずる。

破産法三七四条の規定する詐欺破産罪は本弁護人は債務者に限る債務者専属の犯罪なりと解する債権者は此の犯罪構成には不適格者なりと解したい此の点後に論ずるとして暫く原判決の所論を許すとする場合に於ても本件に関し被告人の行為は刑法六五条に規定する犯人ノ身分ニ因リ構成ス可キ犯罪行為に加功シタルトキハ其身分ナキ者ト雖モ仍ホ共犯トスとの規定に基き有罪認定を受けたのであるが真実には本件に加工した事実は被告人にないのにありと認定された事は原判決の重大なる誤認である玄乙福(破産会社代表)が自己の個人保証と玄乙福の実父の債務額縮少の為めの提言実行であるみやま化工創立直後からの被告人の援助に対する義理も幾分はあつたであらうけれ共主として玄乙福の利己心からの実行である被告人に加工の事実は真実ないのである公判廷では勿論警察及検察庁被告人の供述は一貫しているのである、玄乙福も然りである第一審並に原判決は想像と香で認定している被告人が玄乙福と同伴金融機関へ行つて預金払戻を請求したことや倒産後玄乙福を被告人が自動車の運転手に雇入れ給料を支払つたからとて加工ではない寧ろ当然の行為である原判決は想像とにおいで重大なる誤認を犯していると断言憚らない。

第三点 原判決は刑事訴訟法第四一一条に規定する判決に影響を及ぼすべき法令違反ありとして破棄を免れざるものと確信する。

(イ) 破産法第三七四条第一号の犯罪は其の条文の通り破産債務者に専属する犯罪にて少くとも債権者は本犯罪構成には不適格者と解釈すべきなりと確信する刑法六五条一項の適用余地ある場合は債権者でない第三者ならば兎も角断じて債権者は共犯として除外さるべきなりと信ずる刑法三五条の正当行為の適用上からも亦特に利己心を刺激し生存競争のもと人類の発達を志向する自由民主の制度根基から推論する場合に於て断じて破産法三七四条の犯罪には債権者の共犯余地なしとの御庁の判例を切願するのであります、本件の場合刑法三十七条の適用に付いても原判決の所論は過てりと信ずる。

(ロ) 本件の起訴状は刑事訴訟法第二五六条に違背している罰条を記載していない破産法三七四条のみにて同法第三七六条前段の記載及刑法六五条一項の記載を欠いでいる本弁護人は不敏にして刑法六五条一項を予期せず亦今日予期すべきでないと信ずるも第一審此の点論せず触れざりしは損失である。

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